間瀬貴典のパントマイム「三文マイム」
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三文マイムは間瀬貴典のパントマイムです。
パントマイムをはじめて10年が経ちます。仲間もふえて活動の場も広がりつつありますが理想には遠く及びません。技芸の修練、人としての成熟、社会へのかかわり方、どれもまだ不十分です。これからやっと地面から芽を出すのだと新しい気持ちでマイムに取り組んで いきます。もっと分かりやすく、もっともっとおもしろく、もっともっともっと皆さまの心に届くよう活動していきたいです!

パントマイム




パントマイムは言葉を必要としない。
身体による表現で、人物を演じ物語を語る。

パントマイムは時として花鳥風月、物質や事象そのものになり
それだけで人々を魅了する。

パントマイム=大道芸ではない。
また、舞台での上演がすべてでもない。
演じる場所や状況にあわせて演目を決め作品を構成する。

自作自演のパントマイムは演者により様々な様式を持つ、
表現手法の芸術(芸能)である。


温故知新

ギリシア古代語の
パントス(総て)ミモス(物真似)の合成語パントマイム。パントミムスとして紀元前22年ごろ独立した芸能として名付けられた。

ローマ時代のパントミムスは演技者が常に一人であり、同時に、あるいは順次数役を演じ分けた。また仮面を用いたことで、身体表現が重視され、特に手および指の演技が発達した。その写実的物まねの洗練は、柔軟性を欠いた古代の演技に求められなかった自由性をヨーロッパ演劇にもたらした。上流婦人の人気を集め皇帝の庇護のもと隆盛をきわめたパントミムスはローマ帝国解体とともに衰退していった。

パントミムスはコメディア・デラルテや旅芸人・香具師・道化などに受け継がれていく。一方17世紀から18世紀、オペラの創設とともに舞踊劇(仮面をつけ、神話に取材したバレエ)がパントミームの名で呼ばれた。

イギリスではイタリア劇の輸入により、アルレッキーノ、プルチネッラ、コロンビーヌと、シェイクスピア以来のクラウンとが結びつき、グリマルディによって喜劇的なイギリス・パントマイムが成立する。

舞踊家ジャン・ジョルジュ・ノヴェールは、フランスのパントミームと舞踊を演劇化しようと努力し、19世紀にはいると、イギリス、フランスのパントマイムは全盛期を迎えた。

フランスでは、ボヘミア生まれのジャン・バティスト・ガスパール・ドビュローがフェナンビュール座でピエロ役を演じ、その繊細な表現力でパントマイムを芸術化しパリの人気をさらった。

19世紀末、自然主義の台頭とともに、パントマイムは忘れ去られたが、現代演劇が俳優の造型性を重視しはじめ、一方では無声映画の流行にともなって、その価値が再認識されてきた。

チャーリー・チャップリンは、イギリス・パントマイムのクラウンの伝統を取り入れ、独自のスタイルを創造してパントマイムの要素を今日に生かした。

ジャック・コポーは、俳優学校にサーカスの道化役を教師として招き、仮面を用いて俳優の訓練を行い、またスタニスフラスキーをはじめとして多くの演劇人が、俳優養成のためにせりふ抜きの身体的行動を指導した。したがってパントマイムということばは、しばしば演技訓練の一課目名としても用いられるようになった。
舞台芸術の一様式としてのパントマイムはその間も続けられたが、現代的パントマイムの探究は、特に
エチェンヌ・ドゥクルーに負う。

ドゥクルーはコポーの学校で学び1931年「原始時代」を発表。
このころより、
ジャン・ルイ・バローと会い、協力して「中世時代」を上演。
41年より学校を開き、試演会を重ね45年バローとともに発表会を開き、世界各国に教師として招かれる。
ドゥクルーは古典的パントマイムや19世紀パントマイムに含まれた
音楽や舞踊の要素をのぞき独立した身体の表現としての「マイム」を考え、時間と空間の圧縮と筋肉の補償的反応とを表現手段とする人体による造型的な運動の芸術を目指した。

ジャン・ルイ・バローはドゥクルーの教えを受け、協力し、上演を重ね、ドゥクルーのマイムと演劇を結びつける。
バローは古典的マイムの形式をおそれず、クローデルをはじめとして、多くのせりふ劇にパントマイムを挿入することも辞さないが、一方その純粋な形として、
悲劇的マイムの創造を主張。
彼によれば
人間が内的生命を維持するために、外的環境と闘い、外物を取捨選択していく過程に悲劇のモメントを求め、外的世界とのその接触のための身体的行動と、接触に対する反応を表現していくようなマイムが現代的であるという。
(50年代当時)

ドゥクルーとバローのマイムに接したマルセル・マルソーは1947年「夜明け前の死」によってドビュロー賞を得、特に50年代以降相次ぐミモドラマの発表によって世界的な成功をおさめる。一方、ビップという人物像を創造して、最も大衆的なスタイルを通して、叙情的な身振りによる詩をねらっている。
マルソーは特に、現代舞踊のパントマイム化と異なって、
演技の時間的規定を音楽によらずに、マイムの内的リズムを確立したことに特色があり、その点ではチャップリンと軸を一つにするといえよう。


※上述はある演劇史の一部を抜粋し要約したものです。


動画共有サイトYou Tubeでマイムの貴重な映像を探してみました。

エチェンヌ・ドゥクルー Etienne Decroux
ドゥクルーの本、DVD販売のプロモーションでしょうか?

マルセル・マルソー Marcel Marceau
いろいろ
マルセル・マルソー初来日